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イブン・スィーナー

イブン・スィーナー

Persia, 1020

ペルシアの医師にして哲学者。死後六世紀たってもヨーロッパの必読書に残った

役割
サポート
体力
15
生没
980年頃 – 1037年6月
出身
現在のウズベキスタン、ブハラ近郊のアフシャナ
知られる業績
1025年頃に完成した「医学典範」

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アクションカード12枚

歴史

本名イブン・スィーナー。980年頃、サーマーン朝の首都ブハラの郊外の村に生まれた。父は官職にあり、家は議論する学者たちで満ちていた。十歳でクルアーンと当時の文献の多くを読み終え、家庭教師の手に余ると論理学を独学し、十六歳で数学より易しいという理由で医学に転じた。十八歳で患者を診ていた。宮廷医が名前もつけられなかった病から首長ヌーフ・イブン・マンスールを治すと、褒美には宮殿の図書館の使用許可だけを求め、それから二年をそこで過ごした。

サーマーン朝は彼が三十になる前に崩れ、以後、落ち着いた家を持つことはなかった。グルガーンジュ、ゴルガーン、レイ、ハマダーン、イスファハーンと、宮廷から宮廷へペルシアを渡り歩き、医師として、二度は宰相として働き、夜には口述を弟子たちが書き取った。ハマダーンの政争で四か月ファルダジャンの砦に入れられたが、待つ代わりに書いて過ごし、変装して街を出た。彼の死後も残った二冊はその年月から生まれた。哲学と自然学をひとつにまとめた巨大な「治癒の書」と、体について知られていたすべてを医者が引ける形に整理した五巻の「医学典範」である。

1037年6月、ハマダーンで没した。五十七歳ほど。自ら診断し、強すぎる薬で治療した胃の病だった。「医学典範」は十二世紀にラテン語に訳され、十七世紀半ばまでモンペリエとルーヴェンの必読書に残った。どの分野の教科書より長い寿命である。墓はハマダーンにあり、1952年にその上に塔が建てられた。四百五十ほどの著作のうち、およそ二百四十が現存する。